インドのムンバイは、経済の中心地として有名な大都市です。しかしながら、そんな都会の喧騒の中にも、人々の心に寄り添う感動的な物語があります。

ムンバイへ向かった私たちは、冬の寒さから解放され、心地良い気候に包まれました。

ムンバイのある小さな駅の風景

そして、インド仏教の祖・アンベードカル博士の子孫との出会いが待っていました。

アンベードカル博士の出版社

アンベードカル博士は、カースト制度の最下層(ダリット)でありながらから、インド憲法の草案を作成したほどの偉大な人物です。彼は、自らのカーストの人々を救うために奮闘し、50万人とともに仏教に改宗しました。

ムンバイでは、アンベードカル博士の名前が街中に響き渡り、お釈迦様と同じように讃えられています。そして、その博士の子孫たちとの出会いが、希望の火と博士を讃える火を合祀する機会となりました。

アンベードカル博士の孫、ビムラオ・アンベードカル氏

チャイティーヤ・ブーミのアショーカの柱にて。
アンベードカル博士のひ孫、サヒル・アンベードカル氏、アマン・アンベードカル
氏、リティカ・アンベードカル女史

希望の火と合祀 チャイティーヤ・ブーミ仏塔にて

また、ガンジー主義者でインドの芸術家・ビナさんとも出会い、彼女の言葉に感銘を受けました。ビナさんは、かつては召使と呼ばれた人々が、今ではヘルパーと呼ばれるように、世の中が変わっていることを話してくれました。

ビナさんとビナさんの描かれた油絵

インドで出会った仏教徒の方々は皆、教育の大切さを口にし、その言葉が胸に響きました。

ムンバイでの感動的な出会いは、インドの美しさと強さを感じさせるものでした。

そして、次の訪問地・ナグプールでの新しい出会いが、私たちを待っています。

アンベードカル博士の孫、アーナンダ・アンベードカル氏(右側)

茂木えい子
希望の火国際委員・日本

 ケアマネジャーとして働いていた時に体調を崩し、タオ指圧の施術を受ける。その後、ホメオパシーを学ぶため渡英し、イギリス、ボツワナでホメオパスとして働く。帰国後、“氣の身体を癒すタオ指圧”に入門。現在は、これと並行して、仏教修行の実践にも 励んでいる。