デリーのガンジー・スムリティ博物館で感じた、マハトマ・ガンジーへの思慕と希望の火(1月8日から12日)

 

お釈迦様の生誕の地、ルンビニから空路でデリーに移動しました。
デリーでは、インド独立の父、マハトマ・ガンジーの火と希望の火を合祀すること、そしてたくさんの方々とのご縁をつなぐことでした。

インドの独立運動の父として知られるマハトマ・ガンジーは、多くの人々に愛され、尊敬されています。彼が暗殺された場所であるガンジー・スムリティ博物館(Gandhi Smriti Museum)を訪れた私たちは、ガンジーのひ孫であるトーシャ・ガンジー氏に会うことができました。

トーシャ・ガンジー氏は、今でも祖父の死に対して深い悲しみと怒りを抱いていると語られました。しかし、彼の話から感じられたのは、彼個人の感情というよりも、多くのインドの人々がマハトマ・ガンジーに対する思慕を持っているということでした。

私たちは、ガンジーが暗殺された場所に立って、彼の偉大さと彼の理念に思いを馳せました。そして、トーシャ・ガンジー氏の要望に応じて、私たちは希望の火を置き、黙祷を捧げました。 

マハトマ・ガンジーは、世界にとって貴重な人物であり、彼の理念は今もなお多くの人々に影響を与え続けています。彼が生前に築いた平和と非暴力の理念を継承することはとても大切なことと思います。

ガンジー・スムリティ博物館(Gandhi Smriti Museum)のガンジーの絵と希望の火

私たちは、彼が生前に願った平和と調和の世界を創り上げることを願っています。
たくさんの人々の世界平和への願いが込められて続けている「希望の火」は、そのためのシンボルであると感じるのです。

ガンジーの最後の足跡と希望の火

翌日はラージ・ガート(RAJGHAT)を訪れました。
ラージ・ガート(RAJGHAT)は暗殺されたガンジーが火葬された場所で、今でもガンジーの魂を表した火が燃え続けています。
今回この火と希望の火を合祀することができました。
その合祀セレモニーには、トーシャ・ガンジー氏とガンジー・スムリティ博物館の副館長さんが立ち会って下さいました。

合祀セレモニーには、多くの人々が立ち会い、その場で希望の火声明が唱えられました。
これにより、希望の火は、13番目の火と出会うことができたのです。

ラージ・ガート(RAJGHAT)で燃え続けているガンジーの火

ガンジーの火と希望の火の合祀の瞬間

デリーでも日本山妙法寺の庵主様をお尋ねする機会を得ました。
お伺いした時、堀内克庵主様はじめみなさんで「お帰りなさい」と出迎えて下さったのです。

堀内克庵主様は長年ラージガットを雨の日も晴れの日もお掃除し続けられたそうです。
その姿を見た現地の人たちがパコダ建設に多くの援助をされたとお聞きしました。

デリー世界平和仏舎利塔

堀内克庵主様

日本山妙法寺を辞す時、「行ってらっしゃい」と送り出していただき、次なる訪問の地、ムンバイに向かったのでした。

茂木えい子 希望の火国際委員・日本
ケアマネジャーとして働いていた時に体調を崩し、タオ指圧の施術を受ける。その後、ホメオパシーを学ぶため渡英し、イギリス、ボツワナでホメオパスとして働く。帰国後、“氣の身体を癒すタオ指圧”に入門。現在は、これと並行して、仏教修行の実践にも 励んでいる。