カオスと検問と希望のグラストンベリー・フェスティバル (2)

|希望の火ブログ / アミナダブ

 オープニングセレモニーの翌朝に行われたマス(集団)メディテーションは、遠藤喨及がリードし、その後に皆で歌われたのが「希望の火声明」。その時、会場は平安と癒し、また一切との融合感に包まれました。

 そして希望の火オフィシャルバンドのアミナダブの演奏。終わった後、驚いたことに、主催者たちからも「涙が流れた」、「一切が虚空に消えた」、「他にはない音楽に感動した」などのコメントが寄せられ、中には、「身体が痺れて動けなかった」などの感想もあり、『希望の火』のパワーを実感しました。

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フェスティバルにおける『希望の火』の活動

 

 だからでしょうか。今回、グラストンベリーフェスティバルで『希望の火』の活動は、どこで何をやっても、大きな歓迎を受け、人々から喜ばれました。“これはまさに、人々が心の底から欲していたものなんだ!”と感じました。

 フェスティバル側の要請によって、希望の火の多岐にわたる活動が毎日行われ、参加メンバーの誰もが忙しく立ち働きました。

 それらは、ワークショップ、声明(Flame of Hope chanting)、希望の火ヒーリング(タオ療法)、希望の火バンド「アミナダブ」の演奏、パレスチナ/イスラエル平和使節団のスピーチなどです。

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全部で69ものステージがあるフェスティバルの中心地は、まるで遊園地のような状態です。しかし、希望の火メンバーのキャンプ地と「ピースドーム」があるのは、フェス全体を見下す高台です。そこはストーンサークルもある牧草地が広がり、言わばこのフェスの「聖なる場所」で、人々の憩いの場となっていました。

 (ちなみに「ピースドーム」は、グラストンベリーに住み、広島原爆の残り火を灯し続けたティムさんが、毎年オーガナイズされています)

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 しかし一度、そのエリアの外に出れば、お店、観客のテントエリア、ステージ、そして25万人が使うためのトイレが所狭しとひしめき合っています。

 さらに、至る所からドラムの響くダンスミュージックや、さまざまな音楽が流れ......。そして人、人、人のカオス・・・。(音楽は、明け方まで絶えることなく続く)

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左は会場の様子、右はテントで過ごすメンバー

 コールドプレイなど、有名スターが出演する「ピラミッドステージ」(過去には、ポールマッカートニーや、エルトンジョンなども演奏)がある一方、サーカス、コメディアンや手品をするステージもある、非日常の巨大なフェスです。人々は、何か新しいことを体験したいという気持ちに溢れているかのようでした。

 そんな中、『希望の火』のあらゆる活動は、人々がほっと安心したり、自分の心に出会える瞬間となったのだと思います。

 タオ療法のチャリティ施術ブースでは、チラシを配らなくても、まるで磁石のように人が吸い寄せられ、列を作って予約が埋まっていきました。

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左は「希望の火」ワークショップの様子、右側はタオ療法テント
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また、氣がアップする「希望の火シール」を渡すと、みんなが興味を持ち、喜んでいました。アミナダブの演奏も、「友だちが、“すごく良かった”、と言ってたから」と聞きに来てくれる人もいました。

続く

 

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